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じろきちこうし

治郎吉格子 名作短編集(一)

吉川 英治

吉川英治『治郎吉格子 名作短編集(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:治郎吉格子、増長天王、醤油仏、八寒道中、野槌の百、銀河まつり、無宿人国記、雲霧閻魔帳。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 178,609 字 · 362 页

青空文庫

「あ痛……」

抑えた頬から、ふところへ、餅が落ちた。

その生餅を齧りながら、餅と人間の争いに揉まれていると、

「若旦那。椀徳の若旦那――」

と、誰か呼ぶ。

ひょいと振り向くと、雑鬧の中を、泳ぎ抜けてきた手古舞の芸妓が、

「まあ、どうして? ……まあ?」

と、彼の姿に、眼をみはった。

「おう、鶴松」

「とにかく、家へいらっしゃいよ」

照降町の新道へ、鶴松は、無理に彼を引っぱり込んだ。――椀屋徳三郎というのは雲霧の遊び名前で、深く、馴染んだ芸妓ではないが、先ではよく覚えていたらしいのである。

「どうなすったんですえ、このごろは?」

小ぢんまりした御神燈格子。鶴松は、自前らしい。風呂が沸いているからといって風呂に入れ、髯がのびているからといって、手拭に、剃刀を添えてくれる。

雇い婆に、耳打ちして、てん屋へ、何か誂えにやる様子を、雲霧は、風呂の中で、感じていた。すると、格子先で、女衒の粂が、

「鶴松姐さん」

「オヤ、粂さんかい、どうしたえ、この間話のあった妓は」

「何が、ヘマになるか、判らねえ。あの貧乏牢番が、間際になって、何処から工面しやがったか、急に金が調ったからといって、とうとうオジャンさ」