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じろきちこうし

治郎吉格子 名作短編集(一)

吉川 英治

吉川英治『治郎吉格子 名作短編集(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:治郎吉格子、増長天王、醤油仏、八寒道中、野槌の百、銀河まつり、無宿人国記、雲霧閻魔帳。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 178,609 字 · 362 页

青空文庫

「お喜乃さん、怖がるこたあねえよ。月を見ながら、今夜あ、住吉の曙へ行って泊るのさ。紅梅家でも承知のうえだから、案じなさんな」

お喜乃は、罠に落ちた自分を知った。手をかさねた舷へ、がっくりと、額をつけて、肩をきざんで、泣いていた。

「――ずいぶん、今夜までに手間がかかったぜ。とうせ、水稼業にはいった体じゃねえか。いい加減に、世間なみになりねえ。さ、盃をやろう。そして、きげんを直して旦那に一つ酌してくんねえ。一度は、そうしてくんなくっちゃ、どうも、この仁吉の面も立たねえから」

「…………」

「え、おい」

「…………」

「お喜乃……。ちッ」

と、仁吉は、癇を起しかけたが、じっと怺えて、

「強情だな。酒ぐらい飲むもんだ。さ、気を直しな、盃だけでも取ってくんな」

お喜乃が、肩を外したとたんに、ちりんと、盃が、舟ばたに躍って、水の底へ、沈んで行った。

「これだ……」

と、白い眼を、左次兵衛に振り向けて、

「旦那、精がつきましたよ」

左次兵衛は、ぐび、ぐび、と酒ばかり重ねていたが、仁吉の眼交ぜを、苦々とうけて、

「船頭」

と、艫へ呼んだ。

「へい」

「ちょっと、その辺の岸へつけて、暫時、陸へ外していてくれないか」