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あさくさふどき
浅草風土記
久保田 万太郎
雷門以北「東京日日新聞 夕刊」1927(昭和2)年6月30日~7月16日<br>吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年2月<br>続吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年3月<br>隅田川両岸「中央公論」1935(昭和10)年9月<br>浅草田原町「三田文學」1912(明治45)年2月<br>あやめ団子「花形」1920(大正9)年8月<br>相模屋の路次・浅倉屋の路次「新演藝」1920(大正9)年8月<br>浅草の喰べもの「中央公論 夏期特別號」1920(大正9)年7月<br>夏と町々「時事新報 夕刊」1929(昭和4)年6月1日~30日<br>絵空事「新潮」1932(昭和7)年3月<br>一年「東京新聞」1946(昭和21)年4月15日<br>浅草よ、しずかに眠れ「苦樂」1948(昭和23)年2月<br>夜店ばなし「婦人公論」1931(昭和6)年7月<br>除夜「週刊朝日」1930(昭和5)年12月28日號<br>正月「婦人公論」1932(昭和7)年1月<br>水の匂「文藝春秋」1941(昭和16)年7月<br>町々…… 人々……「別冊文藝春秋」1955(昭和30)年2月~6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,294 字 · 318 页
「どうかいたしましたか、あの男?」
「御存じありませんか?」
「存じません」
「吉原におりませんよ、もう、あの男」
「で?」
「満洲へ行きました」
「満洲?」
「いろいろ曰くもあったんでしょうけれど。――とにかく土地にいられなくなったことだけはたしかです」
「可哀想に」
「満洲へ行くまえ、しばらく大阪あたりにいた塩梅です。――その時分、どこからともなくよこした句があります。――後厄のとうとう草鞋はいちまい……」
「後厄のとうとう草鞋はいちまい……」
「幇間もらくは出来なくなりました」
……震災が来ても、区画整理が出来上っても、「八百善」がなくなっても、「道哲」が空地になっても、「日本堤」が平坦になっても、かれらの精神生活は、焼けず、潰えない。かれらの感傷はつねにかれらをつつみ、かれらの人生はつねにかれらをめぐって身動がない。――ということは、たとえば、水の底にしずんだ落葉……一トたび水の底にしずんだ落葉はつねにしずかに冷やかだから……
おもわず話が横へ外れた。――が、話は横へそれてもわたしの足はそれなかった。土管、瓶類、煉瓦、石炭、タイル、砂利、砂、セメント、そうした文字のいたるところ、壁だの看板だのに書きちらされた右手の家つづきをながめながら、わたしは真っ直にあるいた。