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あさくさふどき
浅草風土記
久保田 万太郎
雷門以北「東京日日新聞 夕刊」1927(昭和2)年6月30日~7月16日<br>吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年2月<br>続吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年3月<br>隅田川両岸「中央公論」1935(昭和10)年9月<br>浅草田原町「三田文學」1912(明治45)年2月<br>あやめ団子「花形」1920(大正9)年8月<br>相模屋の路次・浅倉屋の路次「新演藝」1920(大正9)年8月<br>浅草の喰べもの「中央公論 夏期特別號」1920(大正9)年7月<br>夏と町々「時事新報 夕刊」1929(昭和4)年6月1日~30日<br>絵空事「新潮」1932(昭和7)年3月<br>一年「東京新聞」1946(昭和21)年4月15日<br>浅草よ、しずかに眠れ「苦樂」1948(昭和23)年2月<br>夜店ばなし「婦人公論」1931(昭和6)年7月<br>除夜「週刊朝日」1930(昭和5)年12月28日號<br>正月「婦人公論」1932(昭和7)年1月<br>水の匂「文藝春秋」1941(昭和16)年7月<br>町々…… 人々……「別冊文藝春秋」1955(昭和30)年2月~6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,294 字 · 318 页
八
八
そのむかしばなしを、一伍一什、熹朔さんに話しました……
「とにかく芝居茶屋だの、浚いだの、祭礼だの、そういう字のならんでいるのをみただけでもうカッとなってしまったんですからね。」
そのあとそういってわらいました。
が、いまだからそうわらえるようなもの、実際それまでの文学は、そういってもそういう文字に縁がなさすぎました。そういう存在の美しさに眼をふさぎすぎました。そういう人生を下積にしすぎました。――決してそれは自然主義の文学ばかりでなく、そのまえの硯友社の文学にしてもなおその繊細さを欠いていました。東京の、東京人の生活、あく迄ただしい伝統をもったその生活の、その底にかよういみじくも哀しいかれらの呼吸を、われわれ決してそれまでのどの文学にも聴くことが出来なかったのでした……
が、やがてその広っ場を出てお堂のまえに立ったとき、
「これァいけない。」
ひそかにそうあたりをみ廻しました。
お堂は出来ました。立派に再建出来ました。でもそのお堂のまわり、お堂を取巻くいろいろの建造物の、もとのすがたにすべてまだ立ちもどっていないことがいたましく……というよりも、もっと弱い感じに寂しくつつましく震災の名残を物語っています。