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あさくさふどき

浅草風土記

久保田 万太郎

雷門以北「東京日日新聞 夕刊」1927(昭和2)年6月30日~7月16日<br>吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年2月<br>続吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年3月<br>隅田川両岸「中央公論」1935(昭和10)年9月<br>浅草田原町「三田文學」1912(明治45)年2月<br>あやめ団子「花形」1920(大正9)年8月<br>相模屋の路次・浅倉屋の路次「新演藝」1920(大正9)年8月<br>浅草の喰べもの「中央公論 夏期特別號」1920(大正9)年7月<br>夏と町々「時事新報 夕刊」1929(昭和4)年6月1日~30日<br>絵空事「新潮」1932(昭和7)年3月<br>一年「東京新聞」1946(昭和21)年4月15日<br>浅草よ、しずかに眠れ「苦樂」1948(昭和23)年2月<br>夜店ばなし「婦人公論」1931(昭和6)年7月<br>除夜「週刊朝日」1930(昭和5)年12月28日號<br>正月「婦人公論」1932(昭和7)年1月<br>水の匂「文藝春秋」1941(昭和16)年7月<br>町々…… 人々……「別冊文藝春秋」1955(昭和30)年2月~6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,294 字 · 318 页

青空文庫

三

やさしすぎるほどやさしい先生だったからである。だから何をしても大丈夫という肚がみんなにあった。――そこへゆくりなくあらわれたのが香取先生……剛毅そのもの、果断そのもののような香取先生だった……

実際この紺の背広につつんだ先生の短躯……先生はふとって小柄だった……にはみるから精悍の気がみなぎっていた。太い眉、けいけいと輝いた眼、ふさぶさと濃い毛を無雑作に分けた頭。――運動場で号令をかけるのを聞いても、誰よりも、先生、一番キビキビと大きな声だった。

わたしの記憶にもしあやまりがなければ、ふだんは先生、尋常三年だか四年だかうけもちの先生だった。

三

明治二十八年にわたしは浅草学校へ入学した。だからそのとき、その高等三年のとき、明治三十四年だった。……「在職当に三十二年」を逆にかぞえて、今年は通算明治六十二年だから、とにかくそのとき、その高等三年のとき、先生まだ、学校へ来て三四年にしかならないときだった。――先生の元気一杯だったのに無理はない……。

その後、高等四年になったとき、わたしは先生のところの「夜学」へかようことになった。……といっても、それだけでは、そういっただけでは、いまの人には分らないかも知れない。