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あさくさふどき

浅草風土記

久保田 万太郎

雷門以北「東京日日新聞 夕刊」1927(昭和2)年6月30日~7月16日<br>吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年2月<br>続吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年3月<br>隅田川両岸「中央公論」1935(昭和10)年9月<br>浅草田原町「三田文學」1912(明治45)年2月<br>あやめ団子「花形」1920(大正9)年8月<br>相模屋の路次・浅倉屋の路次「新演藝」1920(大正9)年8月<br>浅草の喰べもの「中央公論 夏期特別號」1920(大正9)年7月<br>夏と町々「時事新報 夕刊」1929(昭和4)年6月1日~30日<br>絵空事「新潮」1932(昭和7)年3月<br>一年「東京新聞」1946(昭和21)年4月15日<br>浅草よ、しずかに眠れ「苦樂」1948(昭和23)年2月<br>夜店ばなし「婦人公論」1931(昭和6)年7月<br>除夜「週刊朝日」1930(昭和5)年12月28日號<br>正月「婦人公論」1932(昭和7)年1月<br>水の匂「文藝春秋」1941(昭和16)年7月<br>町々…… 人々……「別冊文藝春秋」1955(昭和30)年2月~6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,294 字 · 318 页

青空文庫

……ともに、さすがに、足袋をはいていないことに徴しても、うたがいなく土地っ子の、始終この渡しに乗りつけている人たちとわたくしは鑑定した。……すなわち、わたくしは、その二人をたよることによって、その自信を得たのである。……

そのあと、また十分ほどすぎた。……依然、手がかりをさえわたくしたちはもたなかった。

「行きましょう。……あきらめましょう、もう……」

紳士はまえよりも一層心細そうにいった。

「大丈夫。……」

どこまでも、わたくしは、強情を張った。

と、そのとき、突然その引ッつめの一人はわれわれのむれをみ捨てた。通りのほうへ向いてさッさとあるきはじめた。そして、あとに、女一人、男二人、「土木局浅草出張所材料置場」といえば聞えがいい、要は製氷会社の裏の、ガランとした、真っ暗な、震災の名残をいまなおとどめている焼野原のような中に、謎のように残されたのである。

二分、三分、五分。……

「行きましょう。……通りへ行って、早く、自動車に乗りましょう」

逆に、紳士、今度は勇気を出してこういった。

「口惜しいな、けど……」

半ば自分にいうようにわたくしはいった。……わたくしとて、いつまでも、そうしていることの下らなさは知っている。