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あさくさふどき

浅草風土記

久保田 万太郎

雷門以北「東京日日新聞 夕刊」1927(昭和2)年6月30日~7月16日<br>吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年2月<br>続吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年3月<br>隅田川両岸「中央公論」1935(昭和10)年9月<br>浅草田原町「三田文學」1912(明治45)年2月<br>あやめ団子「花形」1920(大正9)年8月<br>相模屋の路次・浅倉屋の路次「新演藝」1920(大正9)年8月<br>浅草の喰べもの「中央公論 夏期特別號」1920(大正9)年7月<br>夏と町々「時事新報 夕刊」1929(昭和4)年6月1日~30日<br>絵空事「新潮」1932(昭和7)年3月<br>一年「東京新聞」1946(昭和21)年4月15日<br>浅草よ、しずかに眠れ「苦樂」1948(昭和23)年2月<br>夜店ばなし「婦人公論」1931(昭和6)年7月<br>除夜「週刊朝日」1930(昭和5)年12月28日號<br>正月「婦人公論」1932(昭和7)年1月<br>水の匂「文藝春秋」1941(昭和16)年7月<br>町々…… 人々……「別冊文藝春秋」1955(昭和30)年2月~6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,294 字 · 318 页

青空文庫

先生も級のものも驚いて、それからは、そういうときにはいつも一番に引っ張り出されるようになりました。――これは自分のうちが色物の寄席のまえで、毎晩定連の格で遊びに行っていたものですから、いろいろ八さんや熊さんの出て来る落語にくわしいのでした。

よく『天災』というやつをやりました。例の隠居さんが出て来て、熊さんに心学の講義をする話で、『いいえ、天災じゃない、せんさい(先妻)なんだよ』というのが下げなのですが、その時分、その『せんさいなんだ』という下げの呼吸がはっきりわたしたちにのみこめませんでした。しかし録ちゃんが口をとんがらかして、巻舌をつかう具合がすっかり皆んなの気に入って、わずかの間に、録ちゃんは、級でも有数の人気役者になりました。

録ちゃんが四年になったとき、録ちゃんの弟が尋常一年に入って来ました。よく似た兄弟でしたが、この兄さん、弟を少しも構いませんでした。構わないばかりでなく、時によると、外のものと一しょになってげんざいの弟をいじめては泣かせました。

もっとも、録ちゃんは、小さいものを調戯うのが好きで、小川学校にいた時分でも、やっぱり、二丁目の質屋の、栄ちゃんという音無しい子を調戯っては、始終、泣かせました。