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あさくさふどき

浅草風土記

久保田 万太郎

雷門以北「東京日日新聞 夕刊」1927(昭和2)年6月30日~7月16日<br>吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年2月<br>続吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年3月<br>隅田川両岸「中央公論」1935(昭和10)年9月<br>浅草田原町「三田文學」1912(明治45)年2月<br>あやめ団子「花形」1920(大正9)年8月<br>相模屋の路次・浅倉屋の路次「新演藝」1920(大正9)年8月<br>浅草の喰べもの「中央公論 夏期特別號」1920(大正9)年7月<br>夏と町々「時事新報 夕刊」1929(昭和4)年6月1日~30日<br>絵空事「新潮」1932(昭和7)年3月<br>一年「東京新聞」1946(昭和21)年4月15日<br>浅草よ、しずかに眠れ「苦樂」1948(昭和23)年2月<br>夜店ばなし「婦人公論」1931(昭和6)年7月<br>除夜「週刊朝日」1930(昭和5)年12月28日號<br>正月「婦人公論」1932(昭和7)年1月<br>水の匂「文藝春秋」1941(昭和16)年7月<br>町々…… 人々……「別冊文藝春秋」1955(昭和30)年2月~6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,294 字 · 318 页

青空文庫

――その作のなかにえたそれら幾くだりの美しい文章。……それは、いいえ、ただにそれ自身美しい文章であったばかりでなく、いかにしてみるべきか、いかにして感ずべきか、いかにして描くべきか。――最も新しい文学というものがいまどこまで来ているかということをはッきりわたくしに教えてくれたので……「けれども江戸伝来の趣味性は九州の足軽風情が経営した俗悪蕪雑な『明治』と一致することが出来ず。家産を失ふと共に盲目になつた。そして、栄華の昔には洒落半分の理想であつた芸に身を助けられる哀れな境遇に落ちたのであらう。その昔、芝居茶屋の混雑、お浚ひの座敷の緋毛氈、祭礼の万燈花笠に酔つた其の眼は永久に光を失つたばかりに、浅間しい電車の電線薄ッぺらな西洋づくりを打仰ぐ不幸を知らない。よし又、知つたと云つても、こう云ふ江戸人は、吾等近代の人の如く熱烈な嫌悪憤怒を感じまい。我れながら解されぬ煩悶に苦しむやうな執着を持つてゐない。江戸人は早く諦めをつけてしまふ。すぐと自分で自分を冷笑する特徴をそなへて居るから。」

前記盲目の男を描いたこうしたくだりにいたったとき、中学の五年でしかなかったわたくしの昂奮は全くその極に達しました。