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あさくさふどき
浅草風土記
久保田 万太郎
雷門以北「東京日日新聞 夕刊」1927(昭和2)年6月30日~7月16日<br>吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年2月<br>続吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年3月<br>隅田川両岸「中央公論」1935(昭和10)年9月<br>浅草田原町「三田文學」1912(明治45)年2月<br>あやめ団子「花形」1920(大正9)年8月<br>相模屋の路次・浅倉屋の路次「新演藝」1920(大正9)年8月<br>浅草の喰べもの「中央公論 夏期特別號」1920(大正9)年7月<br>夏と町々「時事新報 夕刊」1929(昭和4)年6月1日~30日<br>絵空事「新潮」1932(昭和7)年3月<br>一年「東京新聞」1946(昭和21)年4月15日<br>浅草よ、しずかに眠れ「苦樂」1948(昭和23)年2月<br>夜店ばなし「婦人公論」1931(昭和6)年7月<br>除夜「週刊朝日」1930(昭和5)年12月28日號<br>正月「婦人公論」1932(昭和7)年1月<br>水の匂「文藝春秋」1941(昭和16)年7月<br>町々…… 人々……「別冊文藝春秋」1955(昭和30)年2月~6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,294 字 · 318 页
「さァ……」
改めてわたしはその人の毒のない眼をみた。「中川さんでしたかしら?」
「そうで、中川で……」
かつてそれはわたしの育った町内に久しく住んでいたいまの「中清」の若主人だった。十四五時分の遊び友だちの一人だった。
「お宅の火の見で、凧を上げたことと、おまつりの日にお宅の樽神輿をかついだことだけはいまでもよくおぼえております。」
わたしの訊いた親御さんたちの消息にこたえたあと中川君はいんぎんにそういった。
「わたくし、井原です。」
突然また一人の若い人がわたしのまえに立った。――伝法院横町の金物屋の井原君だった、――この人の姉さんとわたしは同級だった。
「吉田も来ています、直ちゃんも。」そういって井原君は窓のそばにいた一人の青年をさしまねいた。「おい、直ちゃん……」
だれか知ろう、その青年を、端正な眉目の、やや憂鬱な感じをもった近代的の好青年を往年の「浅倉屋」の直ちゃんと。――わたしの知っている直ちゃんは、クリクリとふとった、みるから健康そうな、浅黄の兵児帯に白い油やさんをかけたいたずらッ子だった。
やがて会は発起人代表の勅使河原区会議員の開会の辞によってはじまった。