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あさくさふどき
浅草風土記
久保田 万太郎
雷門以北「東京日日新聞 夕刊」1927(昭和2)年6月30日~7月16日<br>吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年2月<br>続吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年3月<br>隅田川両岸「中央公論」1935(昭和10)年9月<br>浅草田原町「三田文學」1912(明治45)年2月<br>あやめ団子「花形」1920(大正9)年8月<br>相模屋の路次・浅倉屋の路次「新演藝」1920(大正9)年8月<br>浅草の喰べもの「中央公論 夏期特別號」1920(大正9)年7月<br>夏と町々「時事新報 夕刊」1929(昭和4)年6月1日~30日<br>絵空事「新潮」1932(昭和7)年3月<br>一年「東京新聞」1946(昭和21)年4月15日<br>浅草よ、しずかに眠れ「苦樂」1948(昭和23)年2月<br>夜店ばなし「婦人公論」1931(昭和6)年7月<br>除夜「週刊朝日」1930(昭和5)年12月28日號<br>正月「婦人公論」1932(昭和7)年1月<br>水の匂「文藝春秋」1941(昭和16)年7月<br>町々…… 人々……「別冊文藝春秋」1955(昭和30)年2月~6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,294 字 · 318 页
三
――一たい、この界隈、鮨屋はべつとして、外には何が行われているんですか?
という質問を、鈴木、内野、両君のまえにもちだす前置にしたかったからである。
――さァ?……
と、両君は、顔をみ合せて、
――釜めし屋がおどろくほど殖えました。
――支那料理屋は?
――ちゃんとした支那料理屋はごくわずかで、いまあるのは支那蕎麦屋……ああ、それと餃子屋……
――天麩羅屋は?
――公園まで行けば。で、このへんにはありません。
――洋食屋は?
――みんな喫茶店になって、むかしのような洋食屋はなくなりました。
と、鈴木君のいったとき、
――比良恵軒の蠣フライはうまかったなァ……
突然、内野君は、悵然としていった。
これよりさき、ぼくは、つぎのような文章を書いたことがある……
“ぼくの育ったころの浅草には……明治三十年代の浅草には、雷門に近い並木の通りに芳梅亭という店のあったきり、西洋料理店らしい西洋料理店は一けんもなかった。あるのはお粗末な一品洋食店ばかりだった。……ぼくの西洋料理に関する最初の知識は、だから、残念ながら、仲見世から公園にかけての、そうしたほうぼうの小さな店からつぎこまれたのである。