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あさくさふどき
浅草風土記
久保田 万太郎
雷門以北「東京日日新聞 夕刊」1927(昭和2)年6月30日~7月16日<br>吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年2月<br>続吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年3月<br>隅田川両岸「中央公論」1935(昭和10)年9月<br>浅草田原町「三田文學」1912(明治45)年2月<br>あやめ団子「花形」1920(大正9)年8月<br>相模屋の路次・浅倉屋の路次「新演藝」1920(大正9)年8月<br>浅草の喰べもの「中央公論 夏期特別號」1920(大正9)年7月<br>夏と町々「時事新報 夕刊」1929(昭和4)年6月1日~30日<br>絵空事「新潮」1932(昭和7)年3月<br>一年「東京新聞」1946(昭和21)年4月15日<br>浅草よ、しずかに眠れ「苦樂」1948(昭和23)年2月<br>夜店ばなし「婦人公論」1931(昭和6)年7月<br>除夜「週刊朝日」1930(昭和5)年12月28日號<br>正月「婦人公論」1932(昭和7)年1月<br>水の匂「文藝春秋」1941(昭和16)年7月<br>町々…… 人々……「別冊文藝春秋」1955(昭和30)年2月~6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,294 字 · 318 页
六
の附録に、黙阿弥の書いた報条の文章が五十種ばかりあつめてある。その中に、“浅草寺中見世通り、ねじやか堂地内”の“天家寿”という小料理屋……だろうと推定される店の開店のあいさつが入っている。
“丼天麩羅
雑魚場料理
曙山家橘が呉服店の、其口上に衣をかけ、御ひゐき願ふ天家寿は、今唐桟の新見世ながら、御得意多く売込んで、彼古渡の老舗におとらず、幅広ならぬ手狭裏家へ、表をこして御来駕ある、御馴染様の御註文に、扨天ぷら斗りでは、異国仕入の毛類に等しく、酒好口に重ければ、一寸手軽にあつさりと、洗魚に碗盛塩焼ぐらい、地織結城の活魚もので、ざこば料理も初めよ、と御進めゆゑにとりあへず、てうど時候も初袷に、天ぷらの外二三種は、お好み次第に庖丁入、直に仕立て差上ぐれど、行丈揃はぬ器の上、糸さへ笑ふ手際のふつゝか、只鮮き本場の魚を、遣ふを曠衣の売出しに、仕立栄ある御とりはやしを、主人と共/\願ふにこそ。
卯月吉日うり出し河竹其水”
寝じゃか堂の地内には、黙阿弥も、天保十四年から明治二十年まで住んでいた。安政二年の大地震にもそこで逢った。
折角、こうした開店のあいさつを黙阿弥に書いてはもらったが、“天家寿”は、ソロバンがとれなかった……のかどうか、それは分らないが、結局、店を人に譲った。