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あさくさふどき
浅草風土記
久保田 万太郎
雷門以北「東京日日新聞 夕刊」1927(昭和2)年6月30日~7月16日<br>吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年2月<br>続吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年3月<br>隅田川両岸「中央公論」1935(昭和10)年9月<br>浅草田原町「三田文學」1912(明治45)年2月<br>あやめ団子「花形」1920(大正9)年8月<br>相模屋の路次・浅倉屋の路次「新演藝」1920(大正9)年8月<br>浅草の喰べもの「中央公論 夏期特別號」1920(大正9)年7月<br>夏と町々「時事新報 夕刊」1929(昭和4)年6月1日~30日<br>絵空事「新潮」1932(昭和7)年3月<br>一年「東京新聞」1946(昭和21)年4月15日<br>浅草よ、しずかに眠れ「苦樂」1948(昭和23)年2月<br>夜店ばなし「婦人公論」1931(昭和6)年7月<br>除夜「週刊朝日」1930(昭和5)年12月28日號<br>正月「婦人公論」1932(昭和7)年1月<br>水の匂「文藝春秋」1941(昭和16)年7月<br>町々…… 人々……「別冊文藝春秋」1955(昭和30)年2月~6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,294 字 · 318 页
少しく鎮まるのを待つて、程近い我が家へ辿り着いて見ると、元来野暮に手堅く出来てゐるだけに、家は辛うじて倒れないでゐたが、土蔵の壁までもすつかり震ひ落されて、四方八方に燃え上る火の手が見えたといふ。彼は僅かばかりの貯へを取り出して来て、扨て暗然として妻女に向つて言つた。
「どうやら少し目鼻がつきかけたと思つたが、かういふ災難に出逢つてしまつた。芝居も三座とも焼けてしまひ、此の有様ではいつ世の中が直るか分らない。厄負けがしたのであらう――」
あたりの惨憺たる光景を見ては、まつたくさうした嘆声を発して、落胆せざるを得なかつたものらしい。それを聞いた妻女は、彼の傍へ寄つて励ました。
「旦那、そんなに沈まないで下さい。この災難は一列一たいのことです。弱い気を出さないで、此の地震から、ふるひ起きるやうになつて下さらなくちやいけません」
「うむ――さう言はれて見ると、成程さうだな」
意気沮喪しかけた黙阿弥も、この妻女の健気な一言によつて気を取りなほし、ほんたうに奮起する気になつたのだといふ。”
と、河竹繁俊さんは、そのころの黙阿弥の動向を、“『勧進帳』・『忍ぶの惣太』