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あさくさふどき

浅草風土記

久保田 万太郎

雷門以北「東京日日新聞 夕刊」1927(昭和2)年6月30日~7月16日<br>吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年2月<br>続吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年3月<br>隅田川両岸「中央公論」1935(昭和10)年9月<br>浅草田原町「三田文學」1912(明治45)年2月<br>あやめ団子「花形」1920(大正9)年8月<br>相模屋の路次・浅倉屋の路次「新演藝」1920(大正9)年8月<br>浅草の喰べもの「中央公論 夏期特別號」1920(大正9)年7月<br>夏と町々「時事新報 夕刊」1929(昭和4)年6月1日~30日<br>絵空事「新潮」1932(昭和7)年3月<br>一年「東京新聞」1946(昭和21)年4月15日<br>浅草よ、しずかに眠れ「苦樂」1948(昭和23)年2月<br>夜店ばなし「婦人公論」1931(昭和6)年7月<br>除夜「週刊朝日」1930(昭和5)年12月28日號<br>正月「婦人公論」1932(昭和7)年1月<br>水の匂「文藝春秋」1941(昭和16)年7月<br>町々…… 人々……「別冊文藝春秋」1955(昭和30)年2月~6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,294 字 · 318 页

青空文庫

三

ここで、一度、ぼくは、戦争中の仲見世をふり返ろう。

三

戦争中、昭和十九年の六月から九月にかけて、ぼくは、東京新聞に「樹蔭」という小説を連載した。

東京を喰いつめて、満洲へ遁れ、奉天で日本料理屋をはじめて成功した五十吉という男が、十五年ぶりで東京に帰って来たのを大根にした話で、作者は、一日、この男に、浅草をあるいてみせた。そして、作者は、五十吉にかわって、その感懐を、つぎのように記述した。

“「そうか、やッぱり……」

とは、

「そうか、やッぱり、ここも……仲見世も戦争しているのか。」

である。……わかり切ったことが……あたりまえすぎるほどあたりまえのことが、いまさらのように、五十吉の胸にしみた……

が、それにしても、みえも外聞もなく戸をしめて、歯のぬけたように休んでいるところどころの店。……右をみても、左をみても、いやでも目につくそれらの店。……しらじらとかわいた石だたみ。……しかもその摧かれたゆめのはざまを、参詣者だけは、ぞろぞろ群をなしてあるいている。……そして、その行くての空に、伝法院のいちょうの額ずくごとき茂りの影をしたがえた仁王門が……これだけは昔ながらの丹の褪せたすがたが、おりからの夕日に映えて、