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あさくさふどき

浅草風土記

久保田 万太郎

雷門以北「東京日日新聞 夕刊」1927(昭和2)年6月30日~7月16日<br>吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年2月<br>続吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年3月<br>隅田川両岸「中央公論」1935(昭和10)年9月<br>浅草田原町「三田文學」1912(明治45)年2月<br>あやめ団子「花形」1920(大正9)年8月<br>相模屋の路次・浅倉屋の路次「新演藝」1920(大正9)年8月<br>浅草の喰べもの「中央公論 夏期特別號」1920(大正9)年7月<br>夏と町々「時事新報 夕刊」1929(昭和4)年6月1日~30日<br>絵空事「新潮」1932(昭和7)年3月<br>一年「東京新聞」1946(昭和21)年4月15日<br>浅草よ、しずかに眠れ「苦樂」1948(昭和23)年2月<br>夜店ばなし「婦人公論」1931(昭和6)年7月<br>除夜「週刊朝日」1930(昭和5)年12月28日號<br>正月「婦人公論」1932(昭和7)年1月<br>水の匂「文藝春秋」1941(昭和16)年7月<br>町々…… 人々……「別冊文藝春秋」1955(昭和30)年2月~6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,294 字 · 318 页

青空文庫

六

で、「公園」は、そこで完全な活動写真街になった。――曰く電気館、曰く富士館、曰く三友館、曰く大勝館、曰くオペラ館、曰く何、曰く何……

かくして可哀想に「千束町」は……つみも報いもない千束町という町は、浮気な、悪性な、安白粉の匂の骨の髄まで浸込んだ町として天下に有名になった。――そうして、それは、それ以外の存在の何ものでもなくなった……

六

と、震災である。十二階は十二階劇場……嘗てのかの小屋がけの余興場から出発した十二階劇場をだけ残して亡びた。――が、幾ばくもなくいまの昭和座が出来、その十二階劇場もまたわたしたちのまえから永遠にそのすがたを消した。

「けど、では、十二階のあとはどうなっている?」

そう思って今日……昨夜の今日である……晴れぬいてさびしい青空の下、いとおしく輝くあかるい日の中をわたしは御苦労にも古なじみの幸龍寺のまえに立った。――どうしてそう助かることの出来たものか、幸龍寺の門、焼けないでもとのままの……震災以前のままの古い、大きい、すべり落ちそうな瓦屋根をもったそれである。

そのくせ境内はみるかげもない。

その往来を……むかしのその溝ぞいの往来をあるくことはわたしにとって決してめずらしいことではない、三月ほどまえにもあるいた、一ト月ほどまえにもあるいた、必要によってつねにわたしはあるいている