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たきぐち

滝口

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页

青空文庫

と安宅が云った。

「お酌してちょうだい」おりうは盃を安宅のほうへ差出した、「――あたし六つぐらいのとき、お勝手でぬすみ酒をしたことがあるの、おじいさんの取って置きだったんだけれど、おいしかったわ」

いや、ほかに云うことはなかった、と安宅は思った。尼になっているさえに向かって、あのほかになにを云うことがあろう。昔の誤解を詫びても取返しはつかないし、慰めを云うのもそらぞらしい。やはり、弟に二人めの子供が生れたことを、祝うよりしかたがなかったであろう。それにしても、さえの目鼻だちはあのころと少しも変ってはいなかったな、と安宅は思った。

「そのひと芳村伊織っていうの」とおりうは話していた、「――三河以来の旗本で、代々八百石のお家柄なんですって」

「二千石じゃあないのか」

「やっぱり噂を聞いてらしったのね」

「二千石となるとね」安宅は酌をしてやりながら云った、「この藩では城代家老でさえ千石が欠けるからな」

「話を聞くのがおいやなんですか」

「べつに」と云って彼は片手をあげた、「話したいのなら聞きますよ」

おりうは打つまねをした。

彼女は男運が悪かったと云った。家は江戸の木場で小さな材木屋をやっていた。