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たきぐち
滝口
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页
いまはさるすべりが満開であり、そのひっそりとしながら華やかな花枝が、庭じゅうの景観をおのれ独りに集めていて、その脇にある苔付きの石燈籠のあたりで、かぼそくこおろぎの鳴く声が聞えていた。
「そのかた芳村伊織っていう人なんでしって」とおわきは話し続けていた、「――とちはおりうちゃんより三つ上だっちいうから、そうね、二十七だわね、江戸のお生れで、もとは二千石の旗本だったっちいうことよ」
この中庭はあるじの造ったものだ、と益村は思った。祖父の安左衛門がそう云ったのである。「衣笠」のあるじの金助はもう八十歳ちかいとしだが、まだ健在であり、いまでも木や石を買って来ては庭いじりをしている。若いころ江戸へ出て修業をし、道楽のはてに幾たびも「権八」をきめこんだ、というのが自慢で、金助という本名はひた隠しに隠し、あたしの名は権八だと主張していた。権八をきめこむ、とはどういう意味なのか、益村にはてんでわからなかったし、べつにわかろうとも思わなかったが、なんとなく、金助よりも権八というほうが人柄に合うようには感じられた。
「でしからね、旦那」
「旦那はよせ」と益村が云った、「それに、酒がぬるくなったぞ」