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たきぐち
滝口
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页
「おまえもそれを望んでいたんじゃあないのか」
「あたしがですか」
「そうじゃあなかったのか」
「ああ」おりうは悲鳴をあげ、片手で安宅の着物の衿を掴んだ、「あなたは人殺しよ、あんな可哀そうな人を殺すなんて、どこでやったの、あの人はいまどこにいるの」
「川端町の裏長屋だ」安宅は小突かれてうしろへさがりながら云った、「――まだ死んではいないかもしれないよ」
「じゃあ生きているっていうんですか」
「わからない」と安宅はあいまいに首を振った、「だがおりうはおれと、いっしょにゆく筈じゃあなかったのか」
おりうは敵意のこもった眼で安宅を睨み、なにも云わずに走りだした。いちど下駄を踏み外して転びそうになったが、はき直そうとはせず、そのままはだしになって走り続け、すぐに町角を曲って見えなくなった。――いまにも消えそうに揺れはためく提灯の光が、町角を曲って見えなくなってから、安宅は刀を鞘におさめながら、「衣笠」の裏をはなれてあるきだし、なにやら満足そうに微笑した。
「脱兎の如しか」と彼は呟いた、「――うまくやってくれよ、芳村」
十四
畠中辰樹が江戸から帰ったのは正月の八日であった。