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げんだいゆいぶつろんこうわ

現代唯物論講話

戸坂 潤

「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页

青空文庫

四

現実とは他ならぬそうした物質的存在のことである。カントが取り上げながら解くことの出来ない問題と考えた「物そのもの・物自体」は、この物質という客観的存在者・「物」のことだったのである。

以上は哲学的範疇としての物質であるが、この哲学的範疇は、一切の自然科学の体系の根柢に横たわっており、又一切の社会科学の体系の基礎に横たわっているべき筈のものである。物理学の範疇としての所謂「物質」や、経済学に於ける云わば社会的物質・歴史的物質――生産力と生産関係――は、この範疇を基準として初めて物質の名に値いすることが出来る。

四

だが、物質――客観――に次いで起きるのは意識・観念――主観――の問題である。というのは、物質(之を簡単のために単に存在と呼んでおこう)と意識との関係の問題である。云い換えれば最も広義に於ける認識の問題になるのである。問題は物質と模写との関係にあるのである。

マルクス主義的認識論、弁証法的唯物論による認識論は、模写説だと云われている。哲学者達によれば、それだからこそマルクス主義哲学は素朴で誤謬そのものだと云うのである。だが云うまでもなく、現代唯物論に於ける所謂模写説は哲学概論にあるような例の素朴的な模写説でないということを、今から予め断わっておこう。