轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

げんだいゆいぶつろんこうわ

現代唯物論講話

戸坂 潤

「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页

青空文庫

今日見られる多くのブルジョア哲学の典型は、こうした自由の哲学の小さく鋭くなったものに他ならない。

この自由の哲学がだから、哲学と生産技術との根本的な連関に注意を払うのを忘れることは寧ろ当然で、従ってこの種の系統の哲学からは、技術の問題は本格的な位置に付けられないということも甚だ尤もだと云わねばなるまい。

だが、特別な例外に相当する場合は指摘しておかなくてはならない。ドイツ古典自由哲学の初めであるカントは実は可なりに技術的な精神によって貫かれた哲学者であったことを見逃してはなるまい。彼の有名なコペルニクス的転回なるものは、従来の哲学史的説明によると、存在の中心が客観的な対象物にあるのではなくて却って主観の内にあるのだという新しい哲学的発見のことだというのであって、客観から主観にまで世界の支点を転回したことだということになっているが、なぜこの転回がコペルニクス的と呼ばれるかに就いては腑に落ちない点があるのである。

地動説を唱えて投獄されたコペルニクスは、宇宙の中心がカトリック教会の信条とは異って、吾々人間の主観に直接している地球にあるのではなくて、却って客観的な太陽になければならないというのであるから、之は云わば主観を客観にまで転回したのであって、カントの転回とは方向が反対なのである。