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げんだいゆいぶつろんこうわ

現代唯物論講話

戸坂 潤

「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页

青空文庫

までさまよい出なければならなくなった。経験的・実証的・数学的・理性的・な自然科学の背景として、人々は勝手な哲学・論理・世界観・を手あたり次第に持ち出すことが流行となったのである。

而も、資本主義による一般的な社会的危機は、一般に反経験的・反実証的・反理性的・な宗教的要求を、文化圏に向かって強制するようになって来たので、その際当面の責任者である自然科学者は、この要求にいたく動かされ始めた。処が幸にしてその責任を傍にそらす用意は出来ていたのである。なぜなら自然科学的方法とその背後の世界観とは、必ずしも首尾一貫した統一を持たなくてもいいということが、「近代科学」の成果だということになっていたからである。――自然科学の根柢は、終局目的は、神学にある。自然科学は客観的真理に対するその信念=信仰(外国語では二つは同じ言葉で云い表わされる)を神学から受け取る、なぜなら客観的真理とは神そのものに他ならないから、そして神学は又自然科学の成果によって確かめられる、だから「信仰と認識との統一」「自然科学とキリスト教との合致」が真理なのだ、例えばG・ミーなどがそういう風に云うのである(G. Mie, Naturwissenschaft und Theologie, 1932)。