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げんだいゆいぶつろんこうわ

現代唯物論講話

戸坂 潤

「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页

青空文庫

その多いだけの価値を余剰価値と名づける。即ち、私有者は支払った労賃以上の価格で商品を売ることによって、利潤を居ながらにして受け取るのである(無論この限りの利潤は、その一部分が余剰価値のそれ以上の再生産の種としてすぐ様引き上げられねばならぬが)。この利潤は無論労働力の売渡し人には返らない、彼等にはすでに労賃が、而も時価という正義に合した価格で、合意の上支払われてあった。――だがそれにも拘らず、余剰価値は、労働力所有の労働によって生産されたものだという事実に、変りはない。処がそれが、労働する代りに労働力を購買・管理・するだけの労を取ったに過ぎない労働用具・労働対象・の私有者の手に、帰するのである。だからこの関係は収〔搾〕取である。之は私有者の悪意や善意とは無関係に収〔搾〕取なのである。

この収〔搾〕取という根本機構は、それ自身の内に自分を益々強めて行く構造を含んでいる。余剰価値は、無限に余剰価値を再生産する。利潤は利潤を産むのである。かくて資本は私有財産所有者の手に蓄積する。資本は資本家の懐に、加速度を以て集中する。だから社会の富は資本家が独占する処となる。