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げんだいゆいぶつろんこうわ

現代唯物論講話

戸坂 潤

「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页

青空文庫

この点を忘れないならば、吾々の問題――空間――が、哲学に取って決して部分的な一問題でなかったことが首肯出来るだろう。

だが、それは哲学の歴史のごく初期の時代に限られた現象に過ぎなかった、すでにソクラテス以後のギリシア哲学に於ては、存在はもはや空間的規定の制約を脱して、より無形的な・より精神的な・存在となった、況して近代乃至現代の哲学に於ては、空間は存在のこの特殊の場合の一規定でしかないと見做されるようになった、もはや空間は古代ギリシアの自然哲学に於てのように、単純に哲学の中心問題となることは出来ない、と恐らくそう人々は云うだろう。――或る意味に於ては確かにそうである。ソクラテス以後の哲学、それが又極めて複雑な幾転向・幾変遷・を経て成った、近世から現在にかけての哲学に於ては、事実、空間は体系の中心的位置を占めるどころではなく、時によっては全く問題にさえされずに終っている場合も少なくはない。それが相当真剣な問題であるらしく見えている場合でも、夫を哲学者が殆んど義務的に、体系組織上の必要に迫られて已むを得ず、取り上げるような場合が多いのであって、本当に空間の問題を問題とし、本当に之を解決することによって、哲学的考察を推進させようとした哲学者は、数える程しかない、之は否定出来ない事実である。