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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

02 中巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 194,628 字 · 371 页

青空文庫

しかし此処もいつ浸水するか分らないし、悪くすれば線路の下の地盤が揺ぎ出すかも知れない。見たところ、この辺の線路の土手の高さは六七尺ぐらいはあるであろうが、それが今では次第に浸されつつあって、山の方から激しい勢でまともに打つかる濁流が、磯に波が砕けるように、どどん、どどん、と云うしぶきを上げ、車室の中までびしょびしょになるので、皆慌てて窓を締めた。窓の外では濁流と濁流とが至る所で衝突し、盛り上り、渦を巻き、白泡を立てているのが見えた。その時突然、前方の車台から郵便配達夫が此方の車台へ逃げ込んで来、つづいてどやどやと十五六人の避難者が這入って来たが、直ぐその後から車掌が来て、

「皆さん、もう一つ後の車へ行って下さい、前の方の線路に水が上って来ましたから」

と云った。皆大急ぎで荷物を持ったり、干してあった着物を抱えたり、長靴をぶら提げたりして後方の車台へ移った。

「車掌さん、この寝台使わしてもろてもええやろか」

そんなことを云う者があったが、成る程そこは三等寝台車なのであった。

「構わんでしょう、こう云う際のことですから、―――」

しかし、ちょっと寝台へ横になってみた生徒などがあったけれども、矢張落ち着かないらしく、又起き上って窓の外を眺める者が多かった。