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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

02 中巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 194,628 字 · 371 页

青空文庫

よく分らない。当時板倉は、これもアメリカで買った、自動的に発条の懸る、水に漬けても大丈夫と云う自慢の腕時計をしていたけれども、それがいつの間にか用をなさなくなっていた。兎に角三人が一往救い出されたところで、藤棚の上で暫く立ったり居たりしていた間も、雨は猛烈に降っていたし、水もまだ増して来つつあった。で、藤棚も危いと云うので、又丸太の橋を渡って、屋根の上へ逃げた。(丸太のところに更に材木が二三本流れ寄って筏のように重なったのが、大変役に立った)妙子が、こんな危急の場合に忽然と天から降ったように板倉が出現した不審について、彼に質問をする余裕を持ったのは、その屋根の上へ移ってからであるが、板倉が答えたところに依ると、彼にはその朝から今日あたり水が出そうだと云う予感があったのであると云う。なおもう一つ溯ると、阪神間には大体六七十年目毎に山津浪の起る記録があり、今年がその年に当っていると云うことを、既に春頃に予言した老人があって、板倉はそれを聞き込んでいた。彼はそのことが頭にあったところへ、連日の豪雨でこの間から危惧していたのであるが、今朝になると案の定近所が騒がしく、住吉川の堤防が決潰しそうだと云う噂が耳に這入ったり、自警団員などが警戒に走ったりしているので、何かじっとしていられなくなって、自分も様子を見て来る