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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

01 上巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 150,580 字 · 287 页

青空文庫

「そうや、それやで」

「ふん、ふん、それで分ったわ。―――こない胸がむかむかして、嘔き気がするのん、黄疸に違いないわ」

幸子はさっき、夫に「おや」と云われた時は訳もなくぎょっとしたらしかったが、黄疸ならばそんなに心配することもないと思うと、急にほっとしたと見えて、おかしなことだが却って嬉しそうな眼つきをした。

「どれどれ」

貞之助は自分の額を妻のにあててみて、

「熱は大してないねんな。―――ま、こじらすと悪いよってに臥てなさい。兎に角櫛田さんに診に来て貰おう」

と、彼女を二階へ上らしておいて、自分で直ぐに電話をかけた。

櫛田と云うのは、蘆屋川の停留所の近くに開業している医師で、見立ての上手な、技倆の卓越した人であるだけに、この近所で引っ張り凧になっていて、毎日夜の十一時過ぎまで夜食にも戻らずに往診に廻っていると云う風なので、掴まえるのが容易でなかった。だから是非とも来て貰おうと云う時には、貞之助が電話口へ出て、内橋と云う古参の看護婦を呼び出して、頼み込むようにするのであったが、それでも余程の重病でないと、此方の望む通りの時間には来てくれなかったり、すっぽかしたりすることがあるので、電話で容態を云う時に、実際よりは重そうに駈引をする必要があるのだった。