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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

01 上巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 150,580 字 · 287 页

青空文庫

そんな病室のしつらいが幾分利き目があったのか、明くる日は余程気分が楽になったが、午後三時過ぎに玄関の呼鈴が鳴って来客らしい足音がするなと思っていると、お春が上って来て、

「丹生さんの奥さんでございます」

と云う。

「―――下妻さんとか仰っしゃるお方と、相良さんとか仰っしゃるお方が御一緒でいらっしゃいます」

幸子は、丹生夫人には久しく会わないし、留守に二度も訪問を受けているしするので、夫人だけなら病室へ上って貰ってもよいと思ったのであるが、下妻夫人とはそう昵懇な仲でもないし、殊に相良と云うのはまだ聞いたこともない名なので、ちょっと当惑した。こう云う時に雪子が代りに出てくれるとよいのだけれども、彼女は決して、よくも知らない人などの相手は勤めないのであった。でも、病気だと云って玄関払いを食わせるのは、たびたび無駄足を蹈んでいる丹生夫人に気の毒でもあり、此方も無聊に苦しんでいる折柄でもあったので、加減が悪くて臥たり起きたりしておりまして失礼な恰好を致しておりますがと断らせて、兎も角も階下の応接間に通して置いて、大急ぎで鏡台の前にすわったが、垢でよごれた顔の地肌におしろいを叩き込んで、小ざっぱりした単衣に着換えて降りて行く迄には、それから三十分もかかった。