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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

01 上巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 150,580 字 · 287 页

青空文庫

「雪子ちゃん、頼むわ、注射や注射や」

そう云って幸子は、

「あ、それからなあ、―――」

と、出て行くお春の背中に浴びせた。

「―――自動車云うといてんか、もう十分したら来るように」

雪子は毎度のことなので、馴れた手つきでベタキシンのアンプールを鑢で切って、液を注射器に吸い上げると、まだ鏡の前に立ってお太鼓に背負い上げを入れさせている幸子の左の腕をとらえて、肩の辺までまくり上げた。そしてアルコールを染ました脱脂綿で二の腕をゴシゴシ擦ってから、器用に注射の針を入れた。

「あ、痛い」

「今日はちょっと痛いかも知れん、時間ないよってにそないゆっくりしてられへん」

一瞬間、ヴィタミンBの強い匂が部屋じゅうに満ちた。雪子が絆創膏を貼った上からぴたぴた叩いて肉を揉んでやっていると、

「此方も済んだで」

と、妙子が云った。

「この帯やったら、帯締どれにしょう」

「それでええやんかいな、早う、早う、―――」

「そない急からしゅう云わんといて。急かされたら尚のことかあッとしてしもて何も彼も分らんようになるがな」

「そんでどうや、中姉ちゃん、息して御覧」

「ふん、ほんに、―――」

妙子に云われて、幸子は頻りに息をしてみながら、