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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

芸者やなんぞの拵えた表情でない表情を、安は有しているに違いない。思って見れば、抽象的な議論程容易なものは無い。瀬戸でさえあんな議論をするが、明治時代の民間の女と明治時代の芸者とを、簡単な、しかも典型的な表情や姿勢で、現わしている画は少いようだ。明治時代はまだ一人の Constantin Guys を生まないのである。自分も因襲の束縛を受けない目だけをでも持ちたいものだ。今のような事では、芸術家として世に立つ資格がないと、純一は反省した。五時頃に瀬戸が誘いに来た。

「きょうはお安さんがはんべっていないじゃないか」と、厭な笑顔をして云う。

「めったに来やしない」

純一は生帳面な、気の利かない返事をしながら、若し瀬戸の来た時に、お雪さんでもいたら、どんなに冷かされるか、知れたものではないと、気味悪く思った。中沢の奥さんが箪笥を買って遣って、内から嫁入をさせたとき、奥さんに美しく化粧をして貰って、別な人のようになって出て来て、いつも友達のようにしていたのが、叮嚀に手を衝いて暇乞をすると、暫く見ていたお雪さんが、おいおい泣き出して皆を困らせたという話や、それから中沢家で、安の事を今でもお娵の安と云っているという話が記憶に浮き出して来た。