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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

十九

只棄ててしまうには忍びなかった。一体名刺に何の意義があるだろう。純一はそれをはっきりとは考えなかった。或は彼が自ら愛する心に一縷の encens を焚いて遣った女の記念ではなかっただろうか。純一はそれをはっきりとは考えなかった。

純一は名刺を青い鳥のペエジの間に挟んだ。そして着物も着換えずに、床の中に潜り込んだ。

十九

翌朝純一は十分に眠った健康な体の好い心持で目を醒ました。只咽に痰が詰まっているようなので咳払を二つ三して見て風を引いたかなと思った。しかしそれは前晩に酒を飲んだ為めであったと見えて漱いをして顔を洗ってしまうと、さっぱりした。

机の前に据わって、いつの間にか火の入れてある火鉢に手を翳したとき、純一は忽ち何事をか思い出して、「あ、今日だったな」と心の中につぶやいた。丁度学校にいた頃、朝起きて何曜日だということを考えて、それと同時にその日の時間表を思い出したような工合である。

純一が思い出したのは、坂井の奥さんが箱根へ行く日だということであった。誘われた通りに、跡から行こうと、はっきり考えているのではない。それが何より先きに思い出されたのは、奥さんに軽い程度の suggestion を受けているからである。