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せいねん
青年
「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页
二十三
鉄道馬車を降りてから、純一はわざと坂井夫人のいる福住を避けて、この柏屋に泊った。国府津に懲りて拒絶せられはしないかと云う心配もあったが、余り歓迎しないだけで、小さい部屋を一つ貸してくれた。去就の自由がまだあるのなんのと、覚束ない分疏をして見るものの、いかなる詭弁的見解を以てしても、その自由の大さが距離の反比例に加わるとは思われない。湯を浴びて来て、少し気分が直ったので、革包の中の本や雑誌を、あれかこれかと出しては見たが、どうも真面目に読み初めようと云う落着きを得られなかった。
二十三
福住へ行こうか、行くまいか。これは純一が自分で自分を弄んでいる仮設の問題である。しかし意識の閾の下では、それはもう疾っくに解決が附いている。肯定せられている。若しこの場合に猶問題があるとすれば、それは時間の問題に過ぎないだろう。
そしてその時間を縮めようとしている或る物が存じている。それは小さい記念の数々で、ふと心に留まった坂井夫人の挙動や、詞と云う程でもない詞である。Un geste, un mot inarticulである。この物は時が立っても消えない。消えないどころではない。