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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

二十四

実は時計の鍼はどこにあるか、目にも留まらず意識にも上らなかったのである。

二十四

福住の戸口を足早に出て来た純一は、外へ出ると歩度を緩めて、万翠楼の外囲いに沿うて廻って、坂井夫人のいる座敷の前に立ち留まった。この棟だけ石垣を高く積み上げて、中二階のように立ててある。まだ雨戸が締めてないので、燈火の光が障子にさしている。純一は暫く障子を見詰めていたが、電燈の位置が人の据わっている処より、障子の方へ近いと見えて、人の影は映っていなかった。

暇乞をして出る時には、そんな事を考える余裕はなかったが、今になって思えば、自分が座敷を立つ時、岡村も一しょに暇乞をすべきではなかっただろうか。それとも子供のような自分なので、それ程の遠慮もしなかったのか。それとも自分を見くびる見くびらないに拘らず、岡村は夫人と遠慮なんぞをする必要の全く無い交際をしているのか。純一はこんな事を気に掛けて、明りのさしている障子を目守っている。今にも岡村の席を起って帰る影が映りはしないかと待つのである。そして純一の為めには、それが気に掛かり、それが待たれるのが腹が立つ。恋人でもなんでもない夫人ではないか。