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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

酒も余り上等ではないね」

「お客次第なのだよ」

「そうかね」純一はしょさいなさに床の間の方を見廻して云った。「なんだね。あの大きな虎は」

「岸駒さ。文部省の展覧会へ出そうもんなら、鑑査で落第するのだ」

「どうだろう。もうそろそろ帰っても好くはあるまいか」

「搆うものか」

暫くして純一は黙って席を起った。

「もう帰るのか」と、瀬戸が問うた。

「まあ、様子次第だ」こう云って、座敷の真中を通って、廊下に出て、梯を降りた。実際目立たないように帰られたら帰ろう位の考であった。

梯の下に降りると、丁度席上で見覚えた人が二人便所から出て来た。純一は自分だけ早く帰るのを見られるのが極まりが悪いので、便所へ行った。

用を足してしまって便所を出ようとしたとき、純一はおちゃらが廊下の柱に靠り掛かって立っているのを見た。そして何故ともなしに、びっくりした。

「もうお帰りなさるの」と云って、おちゃらは純一の顔をじっと見ている。この女は目で笑うことの出来る女であった。瞳に緑いろの反射のある目で。

おちゃらはしなやかな上半身を前に屈めて、一歩進んだ。薄赤い女の顔が余り近くなったので、純一はまぶしいように思った。