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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

それからこのまま何事をも成さずに、あの聖堂の狸の話をしたお爺いさんのようになってしまいはすまいかと思ったが、馬鹿らしくなって、直ぐに自分で打消した。

天王寺の前から曲れば、この三崎北町あたりもまだ店が締めずにある。公園一つを中に隔てて、都鄙それぞれの歳暮の賑いが見える。

我家の門で車を返して、部屋に這入った。袂から蝋マッチを出して、ランプを附けて見れば、婆あさんが気を附けてくれたものと見えて、丁寧に床が取ってあるばかりではない、火鉢に掛けてある湯沸かしには湯が沸いている。それを卸して見れば、生けてある佐倉炭が真赤におこっている。純一はそれを掻き起して、炭を沢山くべた。

綺麗に片附けた机の上には、読みさして置いて出たマアテルリンクの青い鳥が一冊ある。その上に葉書が一枚乗っている。ふと明日箱根へ立つ人の便りかと思って、手に取る時何がなしに動悸がしたがそうでは無かった。差出人は大村であった。「明日参上いたすべく候に付、外に御用事なくば、御待下されたく候。尤も当方も用事にては無之候」としてある。これだけの文章にも、どこやら大村らしい処があると感じた純一は、独り微笑んで葉書を机の下にある、針金で編んだ書類入れに入れた。