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せいねん
青年
「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页
これは純一が神保町の停留場の傍で、ふいと見附けて買ったのである。
それから純一は、床の間の隅に置いてある小葢を引き出して、袂から金入れやら時計やらを、無造作に攫み出して、投げ入れた。その中に小さい名刺が一枚交っていた。貰ったままで、好くも見ずに袂に入れた名刺である。一寸拾って見れば、「栄屋おちゃら」と厭な手で書いたのが、石版摺にしてある。
厭な手だと思うと同時に、純一はいかに人のおもちゃになる職業の女だとは云っても、厭な名を附けたものだと思った。文字に書いたのを見たので、そう思ったのである。名刺という形見を手に持っていながら、おちゃらの表情や声音が余りはっきり純一の心に浮んでは来ない。着物の色どりとか着こなしとかの外には、どうした、こう云ったという、粗大な事実の記憶ばかりが残っているのである。
しかしこの名刺は純一の為めに、引き裂いて棄てたり、反古籠に入れたりする程、無意義な物ではなかった。少くも即時にそうする程、無意義な物ではなかった。そんなら一人で行って、おちゃらを呼んで見ようと思うかと云うに、そういう問題は少くも目前の問題としては生じていない。