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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

二十一

何か言わなくてはならないと思って、言いたくない事を言う位は、所謂附合いの人の心を縛る縄としては、最も緩いものである。その縄にも縛られずに平気で黙りたい間黙っていることは、或る年齢を過ぎては容易に出来なくなる。大村と純一とはまだそれが出来た。

純一が炭斗を引き寄せて炭をついでいる間に、大村は便所に立った。その跡で純一の目は、急に青い鳥の脚本の上に注がれた。Charpentier et Fasquelle 版の仮綴の青表紙である。忙わしい手は、紙切小刀で切った、ざら附いた、出入りのあるペエジを翻した。そして捜し出された小さい名刺は、引き裂かれるところであったが、堅靭なる紙が抗抵したので、揉みくちゃにせられて袂に入れられた。

純一は証拠を湮滅させた犯罪者の感じる満足のような満足を感じた。

便所から出て来た大村は、「もうそろそろお暇をしようか」と云って、中腰になって火鉢に手を翳した。

「旅行の準備でもあるのですか」

「何があるものか」

「そんなら、まあ、好いじゃありませんか」

「君も寂しがる性だね」と云って、大村は胡座を掻いて、又紙巻を吸い附けた。「寂しがらない奴は、神経の鈍い奴か、そうでなければ、神経をぼかして世を渡っている奴だ。