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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

縁の焦げた火鉢に、股火をして当っていたのが、不精らしく椅子を離れて、机の上に置いてあった角燈を持って、「そんならこっちへお出でなさい」と云って、先きに立った。

巡査が純一を連れて行って立ち留まったのは、これまで純一が叩いたような、新築の宿屋と違って、壁も柱も煤で真っ黒に染まった家の門であった。もう締めてある戸を開けさせて、巡査が何か掛け合った。話は直ぐに纏まったらしい。中から頭を角刈にして、布子の下に湯帷子を重ねて着た男が出て来て、純一を迎え入れた。巡査は角燈を光らせて帰って行った。

純一は真っ黒な、狭い梯子を踏んで、二階に上ぼった。上り口に手摩りが繞らしてある。二階は縁側のない、十五六畳敷の広間である。締め切ってある雨戸の外には、建具が無い。角刈の男は、行燈の中に石油ランプを嵌め込んだのを提げて案内して来て、それを古畳の上に置いて、純一の前に膝を衝いた。

「直ぐにお休みなさいますか。何か御用は」

純一は唯とにかく屋根の下には這入られたと思っただけで、何を考える暇もなく、茫然としていたが、その屋根の下に這入られた喜を感ずると共に、報酬的に何か言い付けた方が好かろうと、問われた瞬間に思い付いた。