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せいねん
青年
「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页
好いわ。早く東京へ帰って書こう。
純一は夜着をはね退けて、起きて敷布団の上に胡坐を掻いて、火鉢に火のないのをも忘れて、考えている。いよいよ書こうと思い立つと共に、現在の自分の周囲も、過去に自分の閲して来た事も、総て価値を失ってしまって、咫尺の間の福住の離れに、美しい肉の塊が横わっているのがなんだと云うような気がするのである。紅が両の頬に潮して、大きい目が耀いている。純一はこれまで物を書き出す時、興奮を感じたことは度々あったが、今のような、夕立の前の雲が電気に飽きているような、気分の充実を感じたことはない。
純一が書こうと思っている物は、現今の流行とは少し方角を異にしている。なぜと云うに、その sujet は国の亡くなったお祖母あさんが話して聞せた伝説であるからである。この伝説を書こうと云うことは、これまでにも度々企てた。形式も種々に考えて、韻文にしようとしたり、散文にしようとしたり、叙事的に Flaubert の三つの物語の中の或る物のような体裁を学ぼうと思ったこともあり、Maeterlinck の短い脚本を藍本にしようと思ったこともある。東京へ出る少し前にした、最後の試みは二三十枚書き掛けたままで、谷中にある革包の底に這入っている。