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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

往来がない。右は高等学校の外囲、左は角が出来たばかりの会堂で、その傍の小屋のような家から車夫が声を掛けて車を勧めた処を通り過ぎると、土塀や生垣を繞らした屋敷ばかりで、その間に綺麗な道が、ひろびろと附いている。

広い道を歩くものが自分ひとりになると共に、この頃の朝の空気の、毛髪の根を緊縮させるような渋み味を感じた。そして今小女に聞いた大石の日常の生活を思った。国から態々逢いに出て来た大石という男を、純一は頭の中で、朧気でない想像図にえがいているが、今聞いた話はこの図の輪廓を少しも傷けはしない。傷けないばかりではない、一層明確にしたように感ぜられる。大石というものに対する、純一が景仰と畏怖との或る混合の感じが明確になったのである。

坂の上に出た。地図では知れないが、割合に幅の広いこの坂はSの字をぞんざいに書いたように屈曲して附いている。純一は坂の上で足を留めて向うを見た。

灰色の薄曇をしている空の下に、同じ灰色に見えて、しかも透き徹った空気に浸されて、向うの上野の山と自分の立っている向うが岡との間の人家の群が見える。ここで目に映ずるだけの人家でも、故郷の町程の大さはあるように思われるのである。