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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

息子の情婦のヴィルトン夫人が出る。息子が出る。感情が次第に激して来る。皆引っ込んだ跡に、ボルクマン夫人が残って、床の上に身を転がして煩悶するところで幕になった。

見物の席がぱっと明るくなった。

「ボルクマン夫人の転がるのが、さぞ可笑しかろうと思ったが、存外可笑しかないことね」と菫色が云った。

「ええ。可笑しかなくってよ。とにかく、変っていて面白いわね」と縹色が答えた。

右の奥さんは、幕になるとすぐ立ったが、間もなく襟巻とコオトなしになって戻って来た。空気が暖になって来たからであろう。鶉縮緬の上着に羽織、金春式唐織の丸帯であるが、純一は只黒ずんだ、立派な羽織を着ていると思って見たのである。それから膝の上に組み合せている指に、殆ど一本一本指環が光っているのに気が着いた。

奥さんの目は又純一の顔に注がれた。

「あなたは脚本を読んでいらっしゃるのでしょう。次の幕はどんな処でございますの」

落ち着いた、はっきりした声である。そしてなんとなく金石の響を帯びているように感ぜられる。しかし純一には、声よりは目の閃きが強い印象を与えた。横着らしい笑が目の底に潜んでいて、口で言っている詞とは、まるで別な表情をしているようである。