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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

ところが、理性の上で pro の側の理由と contra の側の理由とが争っている中へ、意志が容喙した。己は往って見たかった。その往って見たかったというのは、書物も見たかったには相違ない。しかし容赦なく自己を解剖して見たら、どうもそればかりであったとは云われまい。

己はあの奥さんの目の奥の秘密が知りたかったのだ。

有楽座から帰ってから、己はあの目を折々思出した。どうかすると半ば意識せずに思い出していて、それを意識してはっと思ったこともある。言わばあの目が己を追い掛けていた。或はあの目が己を引き寄せようとしていたと云っても好いかも知れない。実は理性の争に、意志が容喙したと云うのは、主客を顛倒した話で、その理性の争というのは、あの目の磁石力に対する、無力なる抗抵に過ぎなかったかも知れない。

とうとうその抗抵に意志の打ち勝ってしまったのが今日であった。己は根岸へ出掛けた。

家は直ぐ知れた。平らに苅り込んだの木が高く黒板塀の上に聳えているのが、何かの秘密を蔵しているかと思われるような、外観の陰気な邸であった。石の門柱に鉄格子の扉が取り附けてあって、それが締めて、脇の片扉だけが開いていた。