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いやなかんじ

いやな感じ

高見 順

「文学界」1960(昭和35)年1月~1963(昭和38)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 292,113 字 · 587 页

青空文庫

俺は振りむいた。

「誰もいやしねえ。いや、いっぱいいる」

人がいっぱい歩いていた。

「さ、商売の邪魔をしないで下さい」

急に丁寧に言うと、アビルは邪慳に、どいたどいたと手を振った。

「何の商売だ」

「あたしは予言者……」

ローソクの火を俺の顔につきつけて、俺の顔をのぞきこんで、

「アビルの言うことに間違いはない」

「あとで会いたいね。どこかで飲んでら。どこがいいかな」

アビルはその行きつけらしい公園裏の焼酎屋を俺に告げた。じゃ、そこで会おうと俺は約束して、

「あんたの家は本郷かい」

「いいや、ちがう」

「本郷でつかまったそうだが……」

「つかまったんじゃない」

「アビルとはなんだい。羅漢のほうがいいな」

「ダビデの勇士アビル……」

大喝一声、そんな感じの声は狂人のそれとしか思えなかった。

きたない焼酎屋で俺は分厚いコップを傾けていた。いずれもルンペンみたいな風態の客ばかりで、それが狭い店のなかで大声で喚いている。そんな奴らに俺は眼もくれなかった。

このままだと俺は吉原へ行きそうだった。行くまいと、俺としては珍しくおさえていた。俺はオニギス(焼酎)をあおった。

あの矢萩はたしかに殺人のホシ(前科)を持った男だ。