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いやなかんじ

いやな感じ

高見 順

「文学界」1960(昭和35)年1月~1963(昭和38)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 292,113 字 · 587 页

青空文庫

「四郎さんの下宿へ行きましょうか」

「下宿は駄目だ」

波子の小さな足袋の白さが俺の眼にしみた。

「まだ、もとの下宿なの?」

「うん」

駄目だと言ったのはそのためではない。前夜から俺はまだ下宿へ戻ってない。戻ることがためらわれた。

「どこか、行きましょうよ」

寒風に吹きさらされながら、触るとそれは熱いみたいな、いやにいきいきした波子の唇が、くらいつきたいくらい、俺の眼をひいた。

「どこがいいかな」

いっそ連れ込み宿へでも――そんな気持が荒々しく動いたが、

「誰が来たんだい、波ちゃんとこへ?」

「その人、四郎さんをかくまってあげるって……」

説明抜きのいきなりの言葉だが、だからかえって、それがぐっと俺のかんにさわって、

「よけいなお世話だい。俺は……」

カゼをくらってビタ(旅)に乗る(逃走する)。満州へ高飛びだ。それは秘めて、

「自分の身の始末は自分でつける。ひとりで……」

「ひとりで、どこかへ?」

「波ちゃんに俺は別れを告げに来たんだ」

「いやあねえ。股旅映画みたい……」

真剣な俺の言葉を、冗談でも言ったみたいに波子はからかって、

「あたしもついて行こうかしら。あたしがいないとカタギになれないんじゃない?」