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いやなかんじ

いやな感じ

高見 順

「文学界」1960(昭和35)年1月~1963(昭和38)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 292,113 字 · 587 页

青空文庫

今さらもう波子の言うカタギなんかになれはしない。俺がにがい顔をしていると、

「あたしの知ってる家へ行って、ごはんを食べましょう」

「うん」

「静かなとこがいいでしょう」

「うん。行こう」

気やすく言った俺は、波子の知ってる家というのがまさか大森の連れ込み宿とは思わなかった。

市内の安直なホテルとは異なって、門からしていきな数寄屋作りの、名目も割烹旅館とはいえ、連れ込み宿にはちがいない。そこへ波子が堂々と車をつけさせたときは、え? と俺はびっくりした。

なれた手つきで波子がベルを押すと、年増の女中が職業的な無表情にすばやい観察を隠した顔で、

「いらっしゃいまし」

それに案内されて飛び石を踏んで行く波子の足どりも、俺の目には場なれしたものと見えた。俺のほうから誘うのを躊躇していた連れ込み宿へ、波子に俺は連れ込まれたのである。海に面した離れ家に通されて、

「おビールを頂くわ。お食事は、もうちょっと、あとで……」

と波子はすらすらと女中に言った。枝豆をハサミでしゃきしゃきと切っていたあの小娘とは思えぬ落ちつき払ったさまに俺は、小娘を短時日にこんなに変えてしまう東京というもののこわさをまざまざと見せつけられたおもいでもあった。