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イデオロギーがいろん
イデオロギー概論
戸坂 潤
第四章 文化社会学の批判「文化社会学」同文館、1932(昭和7)年4月5日<br>第五章 知識社会学の批判「思想 第101~103号」1930(昭和5)年7月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,000 字 · 316 页
から出発するという点に横たわる。すでにデカルトは自己意識――我考う故に我在り――を哲学的省察方法の立脚地としたことは能く知られている。ライプニツやカントの問題が意識――表象者モナド・意識一般――であったことは云うまでもないが、最も意識の問題から遠いと考えられるスピノザさえが、実体概念の必要な一条件として、それ自身によって考えられ得るという点をつけ加えるのを忘れない。フィヒテの純粋自我、シェリングの自由意志の省察、ヘーゲルの絶対精神等々、凡そ近世の、特にドイツ的精神の伝統にぞくする、哲学――実はドイツ観念論――では、総て意識がそれの問題であり、従って又その出発の地盤となっている。
近代哲学を代表するフッセルルの本質直観やベルグソンの直覚は、意識の構造又は実質をどうやったらば捉えることが出来るか、ということに答えている処の哲学的手段であるし、新カント学派の課題と雖も、結局はこうした意識の問題を解くための別な装置を見出すことに外ならなかった。
だが意識の問題は無論決してデカルトなどから始まったのではない。ヘブライ思想とギリシア思想との結合者であった処の、併し結局ヘブライの宗教意識の神学的組織者であった処の、教父聖アウグスティヌスにまで、吾々はこの問題を溯らせることが出来るだろう。