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にんげんひょう

人間豹

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页

青空文庫

第一、人間豹の噂などにビクビクしていたら、大切な土佐犬が運動不足で病気になってしまうじゃないか。それに、おれだってこの二、三日腹のぐあいがわるくってしようがない。今夜はなんといったって出掛けるんだ。というので、まるで銅像の西郷さんみたいな恰好で、太い手綱のような犬の紐を引っぱって、公園の広場へと踏み込んだのである。

「ホオ、驚いたね。やつら一人もきちゃあいねえ」

団十郎の銅像のあたりから、池の端まで歩いてみて、親方は感心したように呟いたものだ。

ふだんなれば、映画館がハネてしばらくすると、浅草界隈の犬持ちどもが、朱や紫の房のついた紐を、自慢そうに肩にかけ、獰猛な和洋さまざまの犬どもを引きつれて、運動にやってきているのだが、今夜は一匹の犬の影さえも見えぬ。

「いくじのねえ野郎どもじゃねえか。ノウ熊」

顔なじみの連中の姿が見えぬので、愛犬に話しかけでもするほかはなかった。熊と呼ばれた土佐犬は、いかにもその名にふさわしい恰幅である。

「だがこいつあ静かでいいや」

どうも少し静かすぎるのだ。映画街はと見れば、昼間の雑沓に引きかえて、まるでローマの廃墟みたいに死に絶えているし、飲食店や茶店なども、すっかり大戸を閉めて、空き家のように静まり返っている。