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にんげんひょう
人間豹
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页
池をとりまく小山の樹木が、思い出したような夜の風にザワザワと鳴るほかには、なんの物音もない。いつもなれば、本堂の前の敷石道には、夜通し駒下駄の音が絶えないのだが、そういう信仰家たちも人間豹には恐れをなしたものとみえる。
大山理髪店主は、やっぱり西郷さんの恰好で、無人の境をノッシノッシと歩いて行った。通り過ぎるベンチというベンチが空っぽだ。ルンペンどもも命は惜しいのである。これがあの浅草公園だろうか。戸惑いをして飛んでもないところへ来たんじゃないかしら。それともおれは、今わるい夢を見ているのではなかろうか。ふとそんな疑いが起こるほどであった。
池を一とまわりして、樹立のあいだの狭い道を通り抜けると、眼の前に円形の広っぱがひらけた。たった一つの常夜燈が、その全景を朧月夜ほどにボンヤリと照らしている。
向こう側の樹立は、闇に溶け込んでほとんど見分けがたいほどであったが、その樹立のあいだをチロチロと動く人影がある。よく見ると、その人は犬を連れている。しかもどうやら二匹らしいのだ。
「おや、感心なやつじゃねえか。熊公見ろよ。おまえの友だちがやってきたぜ」
親方はその方へ近づいて行こうとした。