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にんげんひょう
人間豹
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页
老人は空うそぶいて取り合おうともしない。こいつ油断がならないぞ。ヨボヨボしたおやじだけれど、眼の色が唯者ではない。
「じゃ、お尋ねしますが。お宅に若い娘が来ていやしませんか。弘子というカフェのものですが」
思いきって、尋ねてみた。
「若い娘? わしゃ知りませんな……だが、立ち話もなんじゃ、こちらへおはいりなさらんか。ゆっくりお話しを聞きましょう。門を乗り越したりして、けしからんお方じゃが、まあそれはそれとして」
突然、老人がニヤニヤと愛想よくなった。変だ。何かわけがあるのに違いない。だが、のぼせ上がった神谷は、それまで気がつかず、誘われるままに、老人のあとについて、家の中へはいって行った。
通されたのは、窓が高く小さくて、まるで牢獄のように陰気な洋室であった。
「わしは老いぼれた学究でしてな。世の中の交際もしておらんので、お客をもてなす部屋もありませんのじゃ」
いかにも老人の言う通り、それは実に異様な部屋であった。一方には大きな本棚に、金文字の褪せた古ぼけた洋書がギッシリ詰まっているかと思うと、一方の棚には、薬剤であろう、レッテルを貼りつけた大小さまざまのガラス瓶が、ほこりまみれになって並んでいる下に、実験台のようなものがあって、たくさんの試験管、フラスコ、ビーカー、蒸溜器などが、雑然と置いてある。