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のぶこ
伸子
宮本 百合子
「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页
彼女は、座敷や廊下を歩きながらなぜだか親類へ客にでもきたような、一種のそぐわなさを感じた。伸子は、煖炉わきの長椅子にかけた。相対したもう一脚の方に父、弟が並んでいた。久しぶりで会った懐しさは、互の胸に流れ合っていた。が、さて何から切り出そう? 伸子は笑いながら、
「どうした?」
と弟に云った。
「ふ、ふ、ふ」
わずかの間に青年らしさの加わった彼は、間が悪そうに、はにかみ笑いをした。
父は、着物を着換えに去った。母は、テーブルの横に坐って、食事の指図をしている。母の後の壁には、鮎の額が懸っている。その絵も、部屋の隅に積んであるビスケットの罐の工合も、昨年の九月すがすがしいある朝、あわただしく眺めて出発した時のままのようだ。それだのに、人と人との間には、やはり、口に云い尽せない多事な一年の月日が横わっているのを、伸子は感じた。
大体、伸子の帰朝は、彼女自身にとってさえ突然な出来事であった。彼女はその年の内に帰ろうなどとは、夢想もしていなかった。彼女はつい十月の終りに、佃と結婚したばかりであった。大学に近い質素なアパアトメントで、新しい生活が、やっと始まったところであった。