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のぶこ

伸子

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页

青空文庫

「松だよ」

「違いますよ、松じゃあねえよっと。松の葉は触るとちくちくするよ」

ひっそりしたかと思うと、いきなり一人が叫んだ。

「あら! あら! わあるいの」

するともう一つの、ひそひそ声が臆病らしく云った。

「叱られるよ」

佃が家にいると、伸子は悩ましい思いをした。彼は、そんな声を聞きつけると、大人対手のように険しい顔つきになった。そっと下駄を下げて来て庭へ廻し、板塀についている切戸へ忍びよった。彼は音を立てずに掛金をはずすと、突然姿を現し、物も云わずに子供達に向って近づいて行った。ひそひそしていた連中は一目散に逃げ出す。狭い路地に入り乱れて響く跫音が、子供の本気な恐怖を語った。度重なると、滑稽を越えて、伸子は変に寥しい、浅間しいような気がした。

「仕方がないのね、珍しいからよ。――庭へ入れた方がいいわ」

佃は亢奮しつつ、神経質な焦立ちで、

「折角ひとが植えたものを、むしるなんて怪しからん。僕はなかへは入れませんよ、けっして」

伸子は、彼の、頑固な所有慾というようなものを感じるのであった。

散歩に出て伸子が買いたがるのは植木より本であった。古本屋をよく見た。