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のぶこ

伸子

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页

青空文庫

初夏の空気が充満して来るにつれ、旅行に出たい渇望が募った。出かけると云っても、伸子に心当りは、一箇所しかなかった。それは、祖母が一人住居している東北の田舎だ。そこなら、佃も承知するに違いなかった。彼女は、仕事をしたいという理由で、佃の承諾を得た。

農繁期なので、東北本線の急行はすいていた。

伸子は、日のさし込まない側の、居心地よい場所をとることができた。汽車に乗りたての騒然とした気持のうちに、ごみごみして不潔な大都会の外郭を抜け去り、追々田舎が車窓の外に開けて来ると、伸子は、名状し難い広々とした快さ、落着きが、心に滲みて来るのを感じた。田畑の上を、電信柱や人や森が、スイ、スイ、来ては飛び去る。伸子は、それにも子供らしい愉快を感じた。程よい動揺や規則的な車輪の響が、彼女の神経を鎮めたのだが、伸子の心には何かそれ以上、うれしさがあった。うれしさ、悦ばしさ。ただ違った景色を眺めつつ旅行するだけの楽しさではなかった。自分の体を圧えつけていたものが、やっととれた、アア! と、初めて周囲をのびのび見廻した刹那の爽やかさなのであった。伸子は貪るようにその心持を味った。